【6】超一流審判員の限界?
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 今、私の肩書きは「首都圏サタデーリーグ・会長」「水曜リーグ・会長」「平日ナイターリーグ・会長」「ファイヤーリーグ・会長」。

 先日、この中のホームページの掲示板で「臼井会長が、臼井と呼び捨てになってしまいました。申し訳ありません」という投稿を見つけました。

それに対して私は投稿しました。
「まったく気にしていません。こんど「『淳ちゃん』」と言ってください(笑い) 」

 そしてあるチームの監督が「淳ちゃんですね」とニコニコ笑って言ってきました。

 私は、こういうことが元来大好きなのです。リーグでお役に立てれば肩書きなどというものはどうでもいいのです。


 さて、話をリーグ作りに戻します。
 審判活動になんとなく「限界」を感じてきました。いや、正確には明治神宮審判協会にはあまりにも「超一流審判員」が大勢おりました。

 私から見ますと全員が「尊敬」する人ばかりでございました。プロ野球審判を目指している人。社会人野球審判員を目指している人。そんな人たちが大勢おりました。

 また、シーズンオフにはアメリカのジム・エバンズ審判学校に毎年のように数名参加しておりました。同時にオフの審判講習会にはセ・パのプロ審判員を招き講習会等も行っておりました。

 私の性格は「厳しさ」よりも「楽しさ」を優先してしまいます。「超一流審判員」を目指しましたが、やはり厳しさに欠けていました。

 そんなある時。あるチームの人から。
「専属のリーグ審判員をやってほしい」と誘われました。

 ここで中断していた「リーグ作り」が頭を持ち上げてまいりました。うーん。私には草野球リーグに関るのが合っているかも知れないのかなあノ。

 10年近くお世話になりました明治神宮審判協会に別れを告げる「決断」をいたしました。
 なんとなく「うしろめたさ」を感じて退会をしました。が、今、考えますといろいろとお世話になりました人たちに、もう少しきちんとお礼と感謝の気持ちを伝えるべきだったと思っております。

 現在、活躍中の明治神宮審判協会出身・UDC平林学代表を応援させていただくのもそんな気持ちの現われです。
http://www.umpire-dc.org/

 4月13日の夜、平日ナイターリーグの「打ち合わせ」に行ってきました。その中で楽しい。楽しい会話を楽しんで。そして皆さんからまたまた新しい「若さ」をいただいてきました。(つづく)                        


 (2005年4月15日)


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