スポーツ博覧会
スポーツ・ライター 玉木正之


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 ■57 スポーツ界を侵食する広告への対処法

 マイケル・サンデルの『それをお金で買いますか』(早川書房)を読んで、故・市川崑監督から生前聞いた記録映画『東京オリンピック』の製作秘話を思い出した。

 サンデルはスタジアムの名前(命名権)やVIPルーム(スカイボックスと呼ばれる観覧席)、スポーツマンのサインなどが超高額で売買されている実状を「それをお金で買いますか?」と問い掛け、「市場万能主義」に警鐘を鳴らし、「公共性」や「善き社会」を取り戻すことを主張する。
 実際、現在のアメリカは自宅の塀やビーチの他、人の額や子供の名前(命名権)まで広告媒体として売り出される社会になっているという。

 一方、『東京オリンピック』を撮影していた市川監督は、五輪期間の半ばで用意したフィルムを使い果たしてしまった。そこで清涼飲料水とタイプライターのメーカーに資金援助を求め、了解を得た。が、当時のオリンピックは厳格なアマチュアリズムに縛られ、記録映画の撮影まで、金銭の受け取りが禁じられていた。
 しかし、「現金はダメだが、現物ならいい」というので、市川監督は企業からプレゼントされた大量のフィルムを受け取り、「御礼」として五輪出場選手が清涼飲料水を飲むシーンと、記者がタイプライターを打つシーンを挿入したのだ。
 そのシーンは、企業名がはっきりと分かる。が、宣伝臭はまったくしない。厳格なアマチュアリズムにも問題はあるが、スポーツ界を侵食する大量の広告の現状を思うと、市川監督の「処理」は一つの理想的解決策ともいえそうだ。

(スポーツライター・音楽評論家。国士舘大学体育学部大学院非常勤講師。著書多数)


(「損保のなかま」2015年1月1日付より)


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