スポーツ博覧会
スポーツ・ライター 玉木正之


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 ■61 競歩は、より人間的スポーツ

 3月15日、石川県能美市で行われた全日本競歩能美大会で、日本の競歩界の第一人者である鈴木雄介さん(27)が、20キロ競歩1時間16分36秒の世界新記録を打ち立てた。
 このニュースは新聞の一面でも報じられたので御存知の方も多いだろう。
 が、その「価値と面白さ」に、どれほどの人が気づいているだろうか?
 陸上競技の五輪種目で日本人選手が世界記録を出したのは2001年のマラソン高橋尚子選手以来14年ぶり。男子選手では1965年、同じくマラソンの重松森雄選手以来、実に50年ぶりのこと。
 それが競歩という種目であるところが面白い。

 速く走ることを競う「競走」にはゴールに速く到着(到達)するという目的がある。自動車や電車などが発達した現代では、走る目的は変化して人間の技と力を競うようになった。が、「より速く」という絶対的目標は明確に存在する。
 ところが速く歩くことを競う競歩には「より速く」という絶対的目標が存在しない。
 それは、直立二足歩行というすべての生物の中で人間にしか不可能な行動をどこまで洗練できるかという勝負になるのだ。
 だから、そこにはマラソン以上の人間的駆け引きも存在する。スパートしているように見せて、実は力を温存していたり、ペースを急激に上げたり下げたり……人間にしかできないことの勝負だから、駆け引きも、より人間的に複雑になるのだ。
 そんなレースを何時間にも渡って、必ず片方の足を地面につけ、前に出す足は膝が曲がらないこと……というルール(歩く)に従って行う。だから競歩の選手は、人間的に辛いだろうが、それだけに人間的喜びも大きいに違いない。
 「より速く「より高く「より強くだけでなく「より人間的に」という競技もあるのだ。

(スポーツライター・音楽評論家。国士舘大学体育学部大学院非常勤講師。著書多数)


(「損保のなかま」2015年5月1日付より)


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