スポーツ博覧会
スポーツ・ライター 玉木正之


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 ■77 温故知新。野球文化を伝えるために

 少々手前味噌で恐縮だが、最近『9回裏2死満塁 素晴らしき日本野球』(新潮文庫)と題した本を上梓した。
 この一冊は昨年出版した『傑作スポーツアンソロジー彼らの奇蹟』の第2弾で、野球に関する文章だけを集めたものだ。
 中身は、夏目漱石の『吾輩は猫である』の抜粋(野球の部分)や正岡子規の野球の短歌や俳句、それに埴谷雄高や小林秀雄などの野球論、元巨人投手桑田真澄の飛田穂洲(精神野球を提唱したとされる元早稲田大学野球部監督)に関する評論、草野進の長嶋茂雄論、佐瀬稔の野茂英雄論、伊集院静の松井秀喜論、小西慶三のイチロー論……などなど、少々珍しいアンソロジーに仕上がったと自負している。
 中でも終戦直後の日本プロ野球で、赤バットの川上哲治と並んで大人気を博した青バットの大下弘の残した日記『球道徒然草』を抄録できたのは嬉しかった。
 「つれづれなるままにありし日の事ども書きつづらんと思いし今日ぞ吉日」で始まるこの日記から、かつての大ホームラン王の野球に対する真摯な姿勢と、あふれる教養を感じ取ることができ、最近の若い野球ファンたちが(おそらく)知らないスーパースターの面影を伝えることができたのではないかと思っている。
 私は、いくつかの大学で教壇に立っているが、数年前、某大学で長嶋茂雄の話をしたところが、約50人の学生全員が彼のことをまったく知らなくて愕然(がくぜん)としたことがあった。
 松井とともに国民栄誉賞を得たことを知っていた学生も、長嶋が素晴らしい野球選手だったことは知らなかった。
 もちろん大下のことも…。
 過去が消えれば文化は消える。
 温故知新。今回の文庫本で日本野球の過去が次代に伝わり、野球が文化として存続することを願っている。

(スポーツライター・音楽評論家。国士舘大学体育学部大学院非常勤講師。著書多数)


(「損保のなかま」2016年11月1日付より)


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