〈6〉早くもがけっぷち? 日本チーム

 シドニー五輪の野球・日本チームの陣容が決まった。注目の古田敦也捕手(ヤクルト)はやはり不出場で、日本チームの女房役は中日の控え捕手・鈴木郁洋、アマの野田浩輔(新日鉄君津)、阿部慎之助(中大)と三人が務める。
 初のプロ参加となる五輪大会に韓国、オーストラリアはドリームチームを編成、米国も打倒キューバを掲げ、ここ一、二年の間に引退した大リーグOBを中心にチーム編成をする。最強のキューバは大リーグ並みの国家チームだ。日本のみが「五輪にソッポ」を向いているような中途半端な代表チームになっている。

 なぜこうなったのか?
 「五輪といっても最近は商業主義。同様のプロスポーツ企業としては協力に限界があるということ。ことし久しぶりに優勝濃厚な巨人は、オリンピックどころではないのだろう」
 多くの球団関係者はこのようにいう。古田不出場はセ・リーグのリーダーである巨人の主張にヤクルトが遠慮した、とまでいう人もいる。そしてセの4球団が選手を出さず、中日、広島もレギュラー実績のない若手しか出場させなかったことで、にわかに日本チームの評価が低くなった。

 確かに古田選手が出場しないことで「予選での松坂−古田の絶妙バッテリーが消えた。これでは強敵に勝てない」という声や「出場する捕手たちでは、松坂、黒木らの速球をリードできない」との見方が強い。いまや「メダル危うし」から「もしかすると決勝進出も苦しいのではないか」の低評価だ。
 心配で五輪野球は予選の米国、オーストラリア、キューバ、韓国戦から目が離せなくなった。

 [写真は不参加が痛い古田選手(ヤクルト)]

(「損保のなかま」2000年9月1日号より転載)



〈5〉日米で成るか? 夢の4割

 プロ野球で4割を打つことは“夢”だといわれている。日本では60余年の歴史の中で、いまだに4割打者は誕生していない。さすがに大リーグでは二リーグが確立された二十世紀だけで8人。延べ13回の4割打者が生まれている。

 今年、いよいよ日本で最初の4割打者誕生の可能性が高まってきた。イチロー選手(オリックス)である。
 シーズンが深まるとともに技が冴えわたり、同時に、オフシーズンに鍛えぬいた下半身の強さが光を増して、じりじり打率をアップしてきている。
 すでに6年前(94年)にも途中で4割をマークしたことがあるが、このときは体力的に保ちつづけられなかった。以来、6年連続してパ・リーグの首位打者を取りつづける中で、4割を打つ方策を練ってきたことが、今期のバッティングでわかる。

 日本のプロは、左打者が打った瞬間から一塁ベース到達まで平均4.2秒といわれている。ところが今季のイチローは3.85秒だそうな。昨年より0.2秒短縮した、とパのスコアラーたちはいっている。これがオフの下半身鍛錬の賜物という次第だ。これが内野安打を増やし、4割の夢をふくらませているのである。

 大リーグで3度、夢の4割を打ったタイ・カップは、平均1試合に1.7安打を放った。4割とはなにしろ一流打者の証明といわれる3打数1安打でも届かない高打率なのだ。
 イチローは「率よりもチーム勝利のために、自分がいかに多く塁上にいるか」だという。この考え方が4割の夢に向かって打たせてくれているのであろう。

 しかも、今年は大リーグでもT・ヘルトン一塁手(ロッキーズ)に4割の可能性がある。この日米の夢の“競演”は秋の焦点になるだろう。

 [写真はイチロー選手(オリックス)]

(「損保のなかま」2000年8月1日号より転載)



〈4〉これぞ大リーグボール!?

 大リーグのマグワイアはなんと、今シーズンは35試合で20ホーマーも打っている。

 今年の大リーグは大変な本塁打ラッシュで、去る5月7日には1日の15試合で57ホーマーが乱れ飛んだ。もちろん、これは新記録。今期序盤の平均でも1試合2.6本以上の本塁打が出ている。

 そこで注目されだしたのが“大リーグは飛ぶボールを使用しているのではないか”ということだ。過去大リーグには、球界はもちろん米国全体にショックな出来事が起きたり、不況脱出に動き出したとき、なぜかホームランが量産されてきたという歴史がある。

 1920年頃、W・ソックスの八百長事件が起き、また、禁酒法に全米が揺れたとき、ベーブルースが出現して打ちまくった。40年代の戦争前後はディマジオ、マントルらがホームランの花を咲かせた。90年代の不況に、にわかに50本以上の打者が何人も出て、ついに70本まで到達した。戦後、日本でも本塁打急増があり、ラビットボール(あまり飛ぶのでウサギと名づけた)が話題となった。

 現在、大リーグも日本も同じようなき規則で球の検査を行っている。大きさ、皮質などの制約のほかに反発力や重量なども決められている。しかし、一球ごとにテストするわけではないだけに、最も“飛び”を左右にする毛糸(中に巻いてある)の質を変化させることは可能である。規則では「純毛」となっているが、新毛か再生毛か、あるいは糸の太さや巻きの硬さによって飛距離が違ってくる。昨年、台湾のプロ野球で「飛ばない」と疑問を抱いて検査したら毛が規定の50%以下しか巻いてなかったということもあった。どうやらボールが本塁打を作るとは可能なようだ。

 [写真はマグワイア選手]

(「損保のなかま」2000年7月1日号より転載)



〈3〉金メダルを打つか、木製バット

 今年9月に開催されるシードニー五輪の野球が、思わぬことで注目を浴びている。というのは、今大会から初めてプロ選手の参加が認められ、同時に使用バットが従来の金属から木製になったからだ。

 野球にとってバットはボールと共に絶対必要な用具である。それが急に金属から木にかわったことは、実は大変なことなのだ。
 五輪に出場する国は、米国、キューバ、韓国、日本、オーストラリア、南アフリカ、イタリア、オランダの8ヵ国だが、このうち米国、日本、韓国、オーストラリアはプロ選手中心で、木製バットの使用に慣れている。が、他の国の選手は初体験で、大慌てで特訓中である。

 ところが木製バットは大きな出費となり、しかも慣れないと打ちづらく、選手も怪我をしやすくて、問題になっている。

 まず木だから金属と違って折れる。うまく芯で打たないと一球で折れてしまう。これまで金属で、強打を誇ってきたキューバなどは、主軸選手が1日に数本も折ったという話が伝わってくる。そして輸入すると一本60ドル前後と相当に高価である。米国でホワイトアッシュ(和名トネリコ)の安物を買っても20ドル近くする。

 プロの選手は特注品を1度に百本も注文することもざらで、ふんだんに選んで使っている。が、アマのみの国では木製バットは貴重品であり、珍しいほどだ。

 さあ、こうなると五輪での金メダルの行方は、実力以外の木製バットの使い方いかんということにもなりかねない。

 日本ではホワイトアッシュでなく、北海道でとれる青ダモの木でバットを作っているが、米のホワイトアッシュ同様、不足しつつある。五輪での思わぬバット騒動が懸念されている。

(「損保のなかま」2000年6月1日号より転載)



〈2〉こだわりの四番VS三番最強説

 久々にプロ野球の四番が話題沸騰した。仕掛け人は巨人軍の長嶋茂雄である。
 「金にあかせて」との一部の酷評もものかわ、ひたすら強力打線を作るために、クリーンアップを打てる打者ばかり五人も集めて、さて誰を四番に据えるかで、今年の話題を独占した。

 結局、長嶋監督の構想と違って、本来なら三番に入れたかった松井秀喜が実力で四番を奪ってケリをつけた。

 松井は開幕直前の大リーグの対カブス戦で、目の覚めるような弾丸ライナーの一発を放って、三番に固執していた長嶋監督をして「四番決定だ。どんな状態になろうと今年は四番で通す」といわせた。

 プロ野球球界では“四番は特別な打順”といわれている。
 ところが近年は「三番最強説」などが出て、四番は特別ではなくありつつあった。こうした風潮の中で、松井選手だけは「四番にこだわる。四番こそチームの柱で、戦いの中心的存在」と言い続けた。

 プロ八年目にして、ようやくそのこだわりが結実して、以前のように「ちょっとやってみるか」的なものでない四番に座った。

 今回のは、自らの力でもぎ取った四番である。同時に「四番を打てなくなったら引退を覚悟すべき。四番打者は“悪ければ下位を打つ”をやってはいけない特別な打者」とかっての四番打者で有名を沸かせた人たちが言う場所に座ったことになる。

 いま、巨人だけは四番にこだわって話題が沸いたが、他の11球団には、不動の四番というのがいない。こだわりの四番が勝つか、三番最強が強いか、流動四番が効率いいか、今年の焦点になろう。

(「損保のなかま」2000年5月1日号より転載)



〈1〉 ソーサが自らに与えた勲章

 日本で初めて大リーグの公式戦が行われ、話題を呼んでいる。ことに米球界を代表するS・ソーサ(カブス外野手)については、一選手を通り越した英雄あつかい。
 当然、日本ではソーサと言えばM・マグワイヤと2年連続してハイレベルの本塁打争いをして以来、注目の的だ。

 ところが、ソーサの故郷ドミニカ共和国のサンペドロ・デ・マコリスではちょっと違う。ソーサは家族のために白亜のビルを建て、その中庭には95年の30本、30盗塁達成を記念した像を立てている。

 幼いころから父がなく、旧市街のセントロの公園脇で靴磨きをして野球道具を買ったほど貧しかった。
 その少年が米国へスカウトされて渡ったのが17歳。そして俊足強肩と広角打法の確かさを評価されて大リーガーになった。

 大リーグでは30ホーマー、30盗塁、打率3割の「3・3・3」を達成すればパーフェクトプレーヤーとして高い評価を得る。日本の現役では秋山幸二、野村謙二郎、過去には蓑田浩二、中西太、別所薫、岩本義行とわずか6人しか達成していない貴重な記録だが、さほど大きな評価はない。

 ソーサはこの30本、30盗塁で一躍大リーグのスタープレーヤーとなった。そして、初めて自分で自分に勲章を、といって、母や兄弟にプレゼントした五階建てのビルの庭に打撃フォームの像を立てた。

 いま、サンペドロの街はソーサにあこがれる少年であふれている。かつてソーサの座った靴磨きの場所には、ソーサのサイン入りの靴台を前に少年が瞳を輝かせている。
 ソーサの像をのぞきに大勢あつまってくる。

 自らに勲章を与えたソーサは「慢心や苦しい時の自戒にもなる」とも言って、この像を見にくる少年たちを大切にしている。

 [写真はサンペドロのソーサの像]

(「損保のなかま」2000年4月1日号より転載)

《とべ・よしなり 1934年石川県生まれ。スポーツ紙記者を経てフリーのノンフィクション作家に。主な著書に「遥かなる甲子園」(映画化)、「きらめいた男たち」「熱将」(中日・星野監督の燃えて勝つ魅力を綴る)など。》



※機関紙「損保のなかま」伴編集長のご厚意により転載が許可されました。毎月更新。感想は掲示板にお願いします。(首都圏サタデーリーグ会長 臼井 淳一)

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