横丁の思い出 横丁の思い出


(14)横丁の思い出
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横丁にも春が

作詞・巴 清  作曲・募集  歌い手・募集

 1、 カマキリの子どもが 白い巣からはい出してきた
豆粒のようだけど 前足を持ち上げて ヨチヨチ歩く
暖かい陽射しが イチジクの木の下を照りつける
皆(みな)でそっと息を吸い カマキリの子どもを見つめる
横丁にも春が 横丁にも春が 子どもたちの心にも春が
4月からは上級生だ 大人に段々と近づいていく やだなぁー

 2、 蛙のたまごが ぶつぶつ泡のように浮かんでいる
泡に寄り添うように おたまじゃくしが泳いでいる
暖かい陽射しが 小さなため池を照りつける
皆(みな)でそっと息を吸い おたまじゃくし見つめる
横丁にも春が 横丁にも春が 子どもたちの心にも春が
4月からは上級生だ 大人に段々と近づいていく やだなぁー

 3、 小さい魚が川面に 黒くうようよと集まっている
座布団の大きさで 形を崩さず動いている
暖かい陽射しが 川面いっぱいに照りつける
皆(みな)でそっと息を吸い 座布団の小魚を見つめる
横丁にも春が 横丁にも春が 子どもたちの心にも春が
4月からは上級生だ 大人に段々と近づいていく やだなぁー




 この詩はこどものために書いた詩ではありません。団塊世代の人たちが、遠い昔を思い出して「フッフッ」と笑っていただけるならばいいかァ〜と勝手に思い書きました。

写真
横丁の春はこんなところにも訪れます


 昔遊んだ横丁の仲間と顔を合わせることはめったにありませんが、先日写真を撮りながら故郷の町を歩いていましたら声をかけられました。
「あれ、あれ。清坊と違う。久しぶりだねー」
「ご無沙汰しております。今どちらにお住いですか。皆様お元気ですか」
「やぁ、やぁ、そんなに堅苦しく話さないで、気軽にいくべえー」

 というわけで久しぶりに「べらんべえー口調」で会話を楽しんできました。

 3月はお別れの季節です。清は小学1年から6年生までの担任の先生で覚えているのは、5年の担任でありました小澤勲先生だけでありました。詳しくは下記をぼつぼつ読んでください。

 小澤勲の成してきた仕事(エントツ復刻2)木俣敏編
  http://www.mbua.net/usui/entotu/index.html

 もともと清は勉強が大きらいでした。勉強の大前提である「文字を書くこと」が嫌いではどんな学科も好きにはなれません。もちろん文字を覚えることなど論外でした。

 別に学校の勉強ができなくても日常の遊びには何の不便も感じませんでした。

 実は清の勉強嫌いは前科があるのです。「幼稚園」に無理矢理に祖父母と母親に連れて行かれました。そこで一日泣いていたので3日で退園させられました。

 四角い囲いの教室の中で机に座るのがなんとも苦痛だったのです。原因は何なのか探ってみました。やはり戦争が原因ではないでしょうか。

 弟が二つ違いで生まれたために、清は祖母の田舎に2才で預けられました。伯母、伯父も一緒で「可愛い。可愛い」で育てられてしまいました。

 父母の愛情と祖父母の愛情は同じようで違うのではないでしょうか。こんなことを書きますと、この時代は悲惨な環境で育った子どもがたくさんいるではないかと言われます。

 現代は少子化の時代です。子育てそのものもが大変な時代です。けれど子どもは大胆に自由に育てるのも一つの方法ではないでしょうか。


(2008年3月15日)


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