作 臼井 淳一


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 (11)あぁ。上野駅



 見てください。最後の定期券をいただきました。それもわたしの誕生日1月6日です。こんなうれしい定期券をいただいたのは初めてです。会社もなかなか「粋(いき)」なことをしてくれます。わたしの一生の「宝物」にしたいと思います。
 
 わたしは今、社内で会う人ごとに「この印籠(定期券)が見えないか。バイバイ」といって得意がっています。
 皆さん。うらやましましそうに、わたしの顔と定期券を見ています。

 定期券で思い出しました。新入社員のころ、3日間しか使用していない定期券を落としてしまいました。なにしろ6カ月分の定期ですので半端なお金ではありません。わたしは途方にくれてしまし真剣に「自殺」を考えました。それでも一週間は思いとどまりました。一週間後に定期券がでてきたときには、「あぁ。これで生きる望みがでてきた」と思いました。
 そしてうれしさのあまり同僚とお酒を飲み、今度は財布を落としてしまいました。40数年こんなことの繰り返しでした。

 これは会社にないしょの話しですが「定期券」を現金に替えてしまったこともありました。なにしろお金が必要だったのです。上野駅で別れる女(ひと)にどうしても、どうしてもあげたかったのです。

 その後の6カ月間は「前借り」の連続でしのいでいきました。もちろん1日2食で暮らしました。こんなことができたのは「若さ」ですね。
 
 わたしはこのころ、武蔵野といわれる東京近郷の歴史に興味をもち、休みの日にはカメラをぶらさげて、国立、小金井、府中、調布と史跡や遺跡を歩き回りました。
 国立の国分寺跡に独り立ち太古の歴史を想いうかべたり、府中の古寺では今にも倒れそうな鐘つき堂の前で犬に吠えられたり、恋ヶ窪遺跡が宅地造成で崩れているのをカメラに撮ったりして……。
 「上野駅」の心の痛手から立ち直っていくのでした。

 1月6日の定期券は「上野駅〜青春」を想い出させてくれました。

(2002年10月15日)



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